『火』中村文則

狂いに狂った女性が、医者へ自分の過去を告白する。

火遊び、両親の死、中絶、不倫、欺瞞、暴力、放棄..。

悲惨さに満ちた、あるいは、そう見えるように改変させた、彼女から発される言葉は、僕の内面に燻る狂気という火に油を注ぎ、僕はなぜか、唸るような叫びを上げたくなった。

 

久しぶりに、読んでいて狂いそうになった作品だった。この本を読んでいるとき、もしかしたら、半ば狂乱な行為をしていたかもしれない。が、あまり覚えていない。

読み進めていくことで、狂いに狂った主人公の内面に深く、深く迫っていかせるこの文章は、自分を一歩間違えさせれば、道徳、倫理を崩壊させ、社会的に排除される存在にしてしまうような、そんな恐怖感を与えた。

本当に不思議な感覚だった。作品を描いた中村文則も「こんな小説を書いてしまう自分をどうかと思う」と言っているほどだ。

 

狂気に満ちた女性が、告白することを通して心理を描写し、読者へ、彼女をどう扱うかを問う作品で、僕はただ納得する事しかできなかった。

同情していいのか。

彼女は本当はこうならなかったのではないか。

彼女は最後に「わたしは、生きていても、いいでしょうか。」と問う。

生きて欲しいと僕は思う。そして、彼女が幸せになれることを心から願う。