『銃』中村文則

僕はこの作品を読み、人間の欲求のことを考えた。人間は欲を満たそうとする。しかし、その欲は段々と拡大していく、1で満たされていたものが1では満たされなくなり、2で満たしていたが、それでも満たされなくなり..。といった具合で、人間の欲は際限を知らない。

主人公は、銃を扱う上で自身の欲求を満たしていた。が、次第にそれだけじゃ物足りなくなり、撃つことで欲を満たそうと考える。そして、一度、猫に発射した後、その銃は人間を撃つことを要求するようになる。そうして拡大していく銃がもたらした欲求に主人公は支配されていく。しかし、その欲求に支配されきれない、欲求へ失望する自分が存在し、その存在が銃の存在を拒む。そして、銃の存在を拒んだ自分を受け入れ、その自分に従い、銃を捨てることを決断する。しかし、突如、銃がもたらした拡大された欲求が顕出する。そして、その欲求に完全に支配された主人公は引き金を引き、銃を発射する。その後、銃がもたらした欲求を解放させた主人公は、自分の死を求める。

欲求が拡大し、自身の欲求への失望に納得し、受け入れようとした矢先の、自然放出。そして、消失。

際限なく広がる人間の欲は恐ろしいものだと、再認識した。

 

作者は作品中、読者に課題を与えていた。

「死んでもいい人間は存在する。という考えは正しいか。」

「貧困や戦争は人を間接的にも直接的にも死に至らせているのではないか。」

「生きる意味は存在せず、自分の存在を嚙み締めるしか無いのか。」

これらの課題は、今、僕の頭で渦を巻いている。正直なところ、何も答えが出ないが、少しずつ考えながら、1日1日を生きようと思っている。

 

※この先の文はネタバレです。

 

 

 

展開(簡単なストーリー紹介)

「私」は、雨が降る中、傘もささず、夜道を散歩している。雨に酷く濡れすぎたため、橋の下で雨から逃れることにする。そこで、男の死体と拳銃を発見する。

拳銃を手にし、これが今日から自分の所有物になる。という激しい歓喜に我を忘れるが、冷静さを取り戻す。しかし、「私」は興奮が導く方向へ身をゆだねるのだった。

家に帰り、「私」は拳銃を観察し、それに夢中になる。あるいは、恋に似た感情を抱いていたかもしれない。

「私は改めて拳銃を眺めた。そこには私を失望させない、圧倒的な美しさと、存在感があった。それは私をきっとどこかへと移動させる、つまり私の内封された世界を開かせる、そんな可能性に満ちているように思えた。」

 

拳銃を拾ってからの「私」は機嫌がよかった。常に拳銃の存在を思うようになっていた。が、その拳銃の存在自体に夢中になりすぎていたために、拳銃を手にしたことがもたらした、周りの環境に目がいっていないことにその事件のニュースを視て気が付く。そして、酷く焦るが、思い直し、注意深く生活しようと考える。

 

「私」の銃への興味は、「何かの生命を破壊するという行為がもつある種の刺激と、その非日常性にあった。」「私」は、銃という残虐の武器の性質が生み出す結果より、過程を楽しみ、人が「絵を描いたり、音楽を作ったりすることに喜びを見出すように、仕事や女、薬物や宗教などに依存するように」夢中になっていく。

 

しかし、その過程を楽しむだけじゃ物足りなくなる。だんだんと、銃の存在感は増し、銃は「私」に発射を迫るようになる。

ある日、「私」は拳銃を持ち歩いて外へ出る。そして死に瀕した猫を見つける。その猫の苦しがる様を見、少しでも早く痛みから解放させようとし、銃を撃つ。

そのとき、「私」は拳銃の一部になったような錯覚を覚え、陶酔していた。そして「私」は銃へ愛情を注ぎ、段々と、銃から愛情を返されたいと願うようになる。

 

猫を銃で撃った出来事は、「私」を銃に近づけるだけでなく、警察の目を「私」に向けることにもなってしまった。警察と話す「私」は動揺するが、その動揺を隠し平静さを保とうとする。しかし、長年警察をしている男からしてみれば、「私」が拳銃を持っていることは明らかだった。そして、最後に彼は忠告する。「拳銃を捨てなさい。人間を撃てば、必ず捕まります。」と。(警察が「私」を拘束しなかったのは、確固たる証拠がないことと、その警察である男の推測から「私」にたどり着いただけだったからだ。)

 

「私」は、警察の男の言葉を聞いたのにも関わらず、人間を撃つという行為を考えずにはいられなかった。そして、ある考えに至り、射撃の事柄に考えを進めることにする。

 

そして、「私」は、射撃する人物、隣人である女を注意深く観察し、どこで射撃すれば最も良いか。などを考えた。また、もしその女を射撃したら、その女に傷つけられる子どもは解放されると思った。

 

私は、銃でその女を撃つために、事前に考えていた計画を実行に移す。が、愛を注いでいた拳銃は「私」に冷酷だった。「私は拳銃に使われている」と気付き、自分が銃に影響されたことで犠牲にした生活を思った。しかし、銃を撃たないと卑怯であるという気がし、撃とうとしたが、引き金を引くことはできなかった。気がつくと、銃を捨てていた。愛を注いだ銃に愛されなかった結果、私は銃がもつ過程を最後まで辿ることができなかった。「私」はそのことに酷く悲しむのであった。

 

銃を捨てることにしてからの日々は、「私」の内面に少しずつ変化が起きた。自分の存在を嚙みしめながら、死ぬまで生きるという意識を持つようになったのだ。そして「私」は拳銃を池か川の中へ沈めに、バックに拳銃を入れ、試射撃をしようとしていた山へ向かう。

その途中、電車内で、マナーの悪い汚い男が隣に座る。マナーの悪さを指摘しても、相手にされなかった。「私」は彼を人間の屑であると断定した。

 

そして、ある一つの考えが浮かんだ。

拳銃を取り出して彼を脅すという考えだ。その考えに忠実になった。

彼の開いた口に拳銃を入れた。「本気じゃないだろ」という煽りに乗り、素早く撃鉄を下ろし、引き金を引いた。

そのとき、自分の意識は現実を見ていなかった。そして、拳銃を発射させ、肉片や赤い液体が飛び散る中、我に返り、酷く落ち込んだ。「私」はこの状況を終わらせたいと思い、自分の頭を撃つために、ポケットの中の弾丸を拳銃へ入れようとする..。