『掏摸』

中村文則の第九作品目にあたる掏摸。

この作品でもやはり主人公は深い闇を内面に湛えていた。忠実に描かれた心の闇。その闇を作品を触れることを通して実感することが出来る。

 

この作品は、掏摸をして得た金で生活をする主人公が、親しい仲間を通してつながってしまった、危ない集団との関わりでの緊張感や使命感、DV男と暮らす母親を持つ子どもへの優しさ、木島という謎の男に自分の人生を操られている絶望感といった、主人公の感情を通して進められている。

また、作品内では掏摸を行う技法や状況、心理的描写が描かれているので、その部分にも注目してみてほしい。

 

興味深い言葉を木島という男が言っていた。それは、法律が存在しない犯罪など面白くない。という言葉だ。この言葉は、ミステリー事件の本質のような気もする。頭が切れる犯罪者たちは、法文をしっかりと理解したうえで、あえて犯罪に臨む。失敗したら人生が暗転することを理解したうえだからこそ、より興奮を得られるのだろうか。なんて想像を膨らませる。

 

中村文則の初期の作品は大体、主人公の周りの人物や主人公自身が死ぬ。狂気に帯びて狂ったように死ぬ登場人物もいれば、他者から殺されるなど様々だが、人の内面の闇の先は死に繋がる。ということを表現しているのだろうか。

人間は生まれて死ぬ存在で、たまに夢で見るような永遠の落下などは起こらない。どんなに落ち続ける時間が長くとも、死という底辺があるからだ。僕たち人間は落ちこぼれようが輝こうが平凡でいようが死という終わりを迎える。死んで無になる。僕たちは存在しなくなる。

 

彼の作品を読むときはタバコを吸いたくなる。喫煙なんてほんの数回しかしたことないのにもかかわらず、作品を読んだ際に生じた、心に空いてしまった穴をたばこの煙が埋めてくれるという錯覚に陥る。

 

中村文則が最後解説に代えてあとがきを書くことがあるのだが、そのあとがきに心を震わせる言葉が必ず書いてあるので留意して読んでみてほしい。